梓会出版文化賞 | 株式会社 亜璃西社 |
同 特別賞 | 株式会社 東京化学同人 |
第21回 出版梓会 新聞社学芸文化賞 | 有限会社 寿郎社 |
同 特別賞 | 株式会社 芙蓉書房出版 |
■ 選考のことば(選考委員 五十嵐太郎)
10月初旬に開催された選考委員会では、いつものように、すべての応募書類に目を通した5人の委員があらかじめ推薦したリストを確認することから始まりました。全体として15社が挙げられました。毎年、応募書類をチェックしながら、実に多くの興味深い本が、様々な出版社から刊行されていることに改めて感心させられます。
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さて、通常はもう少し候補がかぶるのですが、今回はこれまでになく、かなり票が割れた状況からのスタートでした。ちなみに、三票を獲得した出版社はありません。そして二票が入ったのは、亜璃西社と東京化学同人のみでした。これは結果的に受賞した2社にあたります。つまり、今回の選考では、大きなどんでん返しはなく、議論する中で、この2社の評価がだんだんと高まっていき、他の選考委員の同意を得て、それぞれが梓会出版文化賞と特別賞に決まるという運びとなりました。
1988年に創業した亜璃西社は、札幌を拠点としつつ、5名の社員でまわしている地方(札幌)の出版社です。審査において特に注目されたのは、以下の点でした。まず『ほっかいどう地酒ラベルグラフィティー』、『世界港湾史』、『大正期北海道映画史』、『改訂版 さっぽろ野鳥観察手帖』、『さっぽろ歴史&地理さんぽ』など、地域性を生かしながら、特定のテーマに限定されることなく、バラエティ豊かな本を刊行していること。またいずれの本のデザイン(須田照生らによる装幀・造本)もしっかりしていることが高く評価されました。内容に加え、書物としての存在感をもつことから、梓会出版文化賞には、亜璃西社が選ばれました。
目を楽しませるだけでなく、思わず、手にとりたくなるような本づくりは、ウェブなどの非物質的な情報空間が拡大していくなかで、むしろ紙のメディアにしかできない強みです。それは読者が本を所有したい、すなわち買いたいと思わせることにもつながるでしょう。逆説的にネットが登場したことによって、それまで当たり前だった本が紙であることの意味が問われているのです。
東京化学同人は、1961年に創立して以来、一貫して化学系を中心に大学の教育に使われる専門書や世界的に定評のある教科書を刊行し、翻訳書も多く手がけている出版社です。また編集部の全員と営業部の主なメンバーが大学で化学系や生命科学系を専攻し、しかも4分の3が大学院を修了しており、博士号も取得した社員が数名含まれているそうです。もっとも、通常はこうした理系の専門書を刊行している出版社は、なかなか最終の選考まで残りません。しかし、今回は次のような応援が入りました。ある委員から、本そのものはきわめて専門的な内容だが、「自薦図書の推薦理由ならびに特記事項250字以内」の説明は、文系の出版社よりも、要点をわかりやすく書いており、もっとも意義を理解しやすかったので推薦したという意見です。また東京化学同人を推薦していた別の委員は、当日、選考委員会を欠席したのですが、その委員によるリタ・コルウェル/シャロン・バーチュ・マグレインの著作『女性が科学の扉を開くとき』(大隅典子監訳、古川奈々子訳)の書評が読み上げられました。そして自らの生々しい体験をもとに、アメリカで女性の科学者がいかに道を切り拓いてきたかを記し、問題提起を行った本の内容が大いに共感を呼びました。これが決定打となって、特別賞に決まりました。
ともあれ、応募用紙における推薦理由と特記事項の文章は、選考の際に重要な手がかりになるので、次回から各出版社は意識して書いていただければ、と思います。なお、『女性が科学の扉を開くとき』は、せっかくの素晴らしい内容であるにもかかわらず、本屋で埋没しそうでもったいない、少し損をしているのではないか、カバーや帯だけでも変えたら、もっと多くの人が注目するのではないか、という意見が出ていたことを付記しておきます。
■ 新聞社学芸文化賞 選考のことば(毎日新聞社 学芸部長 鈴木泰広)
寿郎社を推薦したきっかけは、書評面や文芸取材に長く携わってきた記者の一言でした。「これはなかなかすごい本です。北海道じゃないとできない仕事ですよ」。2023年12月に刊行された『芦別−炭鉱〈ヤマ〉とマチの社会史』。この本に対する高い評価と、社会問題に真正面から向き合う姿勢が、札幌にある小さな出版社の受賞の決め手となりました。
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今回は63社から応募があり、新聞社6社、通信社2社の文化・学芸部長や書評面の編集長らによる選考は2時間近くに及びました。実はこの賞には明確な選考基準がありません。各社が掲載・配信した書評や記者たちの「本を見る目」が頼りです。それぞれの選考委員が推薦する出版社を五つまで挙げた時点で、複数票を得たのが10社。さらにその中から2社ずつ選び、寿郎社、芙蓉書房出版、太田出版、福音館書店、未知谷の5社に絞られました。
芦別に移住し、芦別で働き、暮らし、そして芦別を去った膨大な人たちの足跡−−。帯にそうあるように、『芦別−』は、日本のエネルギー政策を支えた炭鉱を中心にして、急激な膨張と収縮を経験したマチの100年の記録です。父親が鉱員だった地元「星の降る里百年記念館」の前館長、長谷山隆博さんが収集・分類した資料を、気鋭の社会学者らが多角的に分析し、関係者への聞き取りも重ねて大判340ページにまとめました。にぎやかな商店街、祭りの行列、炭鉱労組の闘争集会、爆発事故の犠牲者の社葬、小学校の閉校式などのモノクロ写真100枚が収められた「アルバム」でもあります。長谷山さんは出版2カ月後に64歳で亡くなりました。
『芦別−』を手に取り、雪に覆われた北の大地と黒い石炭を思わせる表紙を見ていると、懐かしさやぬくもりとともに、寂しさや悲しさが胸にこみ上げてきます。私自身が一冊に凝縮された無数の人生に感情移入するようになったからでしょう。デジタル化が進み、紙の本がかつてない厳しい環境に置かれる中、紙でしか表現できない存在感と重みを持って訴えかけてくるこの本は、出版文化の大切さも改めて強く感じさせてくれます。
選考会では、他の委員からも「大変力が入った歴史の記録。出来上がるまでの労力と情熱を感じさせる素晴らしい本」との賛辞が贈られました。安全保障関連法を巡る訴訟の資料と原告の声を集めた『〈戦争法制〉を許さない北の声−安保法制違憲北海道訴訟の記録』、首相にヤジを飛ばした市民が警察官に排除された事件を扱った『ヤジと公安警察』も含めた「ジャーナリスティックな視点」がこの賞にふさわしいとの意見も出ました。「みなさんの推薦の言葉を聞き、地方で本当に頑張っていらっしゃると感じた。ぜひ力を添えたい」と途中から推薦に回った人もいて、最も多くの支持を得ました。
寿郎社と最後まで競り合ったのが東京の小さな出版社、芙蓉書房出版です。特に『弥彦と啄木−日露戦後の日本と二人の青年』が関心を集めました。華族の子弟で東京帝大に進み、後に日本初の五輪選手となる三島弥彦と、学業の道を断たれ、貧窮にあえいでいた石川啄木の日記を併記した作品で、「組み合わせが面白い」との声が相次ぎました。他に『女給の社会史』や『大江卓の研究−在野・辺境・底辺を目指した生涯』『黒色火薬の時代−中華帝国の火薬兵器興亡史』も手がけており、「今までになかったような本を出している」「ウイングが広い」と賞賛されました。
今回の受賞が、高い志を持つ出版社の後押しとなり、魅力的な本との新たな出会いにつながるのであれば、こんなにうれしいことはありません。
■ 贈呈式動画はこちら(後日公開予定)
第40回梓会出版文化賞、第21回出版梓会新聞社学芸文化賞(動画)