梓会出版文化賞 | 株式会社 書肆侃侃房 |
同 特別賞 | 合同会社 タバブックス |
第19回 出版梓会 新聞社学芸文化賞 | 株式会社 千倉書房 |
同 特別賞 | 株式会社 ブロンズ新社 |
■ 選考のことば(選考委員 小野正嗣)
今回の選考委員会は10月12日に開かれました。全国の765社余りの出版社に応募を呼びかけ、そのうち69社が選考対象となりました。一次選考では、各社が寄せてくださった自選書類を、各委員が精査し、それぞれが4社を選びます。その結果、全体として15社が候補となり、選考会での議論となります。この一次選考で、複数票を獲得した出版社が複数ありました。書肆侃侃房、南方新社、風媒社、タバブックス、悠書館です。
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私は今回が初めての選考会でした。どのように賞が決まるのか興味津々でした。会場に設置されたテーブルには、候補の15社が自ら選りすぐった本たちが並べられています。初めて目にする本もあります。手に取って装幀や造本を確かめます。頁をめくっていくうちに立ち読み状態になる人もいます。いったんは自席に戻ったものの、気になることがあるのか、また戻ってくる人も。自分のよく知らない分野の本について、専門の近い委員に尋ねる声も聞こえてきます。
その後、全員が着席して議論が始まります。各委員が順番に推薦理由を述べていきます。直前に本の現物に触れたこともあってかモチベーションも上がり、言葉にも熱がこもります。意見の対立から激論が交わされるような場面を期待していなくもなかったのですが、残念ながら(?)そんなことにはなりませんでした。それぞれが各出版社の仕事を讃える、敬意と感嘆に満ちた言葉には説得力があり、聴いていて心地よいのです。主張のぶつかりあいではなく、たがいの声にじっくり耳を傾けることが基調となった和やかな話し合いの場がそこにはありました。
議論を通じて全委員に共有されていると感じたのは、地方に根を下ろして地道に良書を作り続けている出版社を正当に評価したいという気持ちです。実際、これまでも良質な地方出版社の受賞を願う声があったとも聞きました。今回、選考会まで残った出版社のうち、書肆侃侃房は福岡、南方新社は鹿児島、風媒社は名古屋に拠点を置く小規模出版社です。そのなかでも書肆侃侃房が圧倒的な支持を集め、満場一致で梓会出版文化賞の受賞が決まりました。
書肆侃侃房は今年で設立20年の若い出版社ですが、いまや文芸の世界においてその名を知らぬ者がいないほどの存在感を放っています。『ことばと』は、それに先行する『たべるのがおそい』とともに福岡発の文芸誌として、ともすれば東京中心の文学シーンに瑞々しい新風を吹かせました。歌集の出版にも力を注ぎ、数々の賞を受賞するなど現代短歌界への貢献には瞠目すべきものがあります。また、韓国に近い福岡という土地柄にふさわしく、韓国現代文学を積極的に翻訳紹介してきました。昨今はその地平を拡張し、ポルトガルのノーベル賞作家サラマーゴの『象の旅』を刊行するなど、「世界文学」を視野に入れた出版活動のさらなる発展を予感させます。今回、選考会で絶賛されたのが、『左川ちか全集』の刊行です。これは、ジョイスやウルフの翻訳を行ない、詩人として活躍した左川ちかの残した詩、日記、書簡、翻訳を収め、早逝したこの未知の詩人の全貌を明らかにしようとするもので、将来の左川ちか研究の礎となりうる労作です(学術的意義という点では、『カンタベリー物語』の共同新訳版を刊行した悠書房も高く評価されたことを言い添えておきます)。
特別賞もすんなり決まりました。南方新社の九州のローカルな文化と歴史にフォーカスした丁寧な本作りを評価する声もありましたが、2012年に設立されたタバブックスが強い支持を集めました。『仕事文脈』という個性的な雑誌で知られているこの小さな出版社は、労働やフェミニズムに関する良質な本を刊行しています。リトルプレス『ランバーロール』では、漫画と文章が共存し、語り口や構成やデザインに工夫が凝らされ、読者にとってアクセスのしやすいものとなっています。選考委員のなかには大学教員もおり、若者の本離れを日々ひしひしと感じています。そのこともあってか、本という存在をより身近に感じさせ、本に「触れる」(手に取る・眺める・読む)ことの楽しさを伝えてくれる同社の取り組みの新しさにも讃辞が集まりました。
どの出版社もどうすればより多くの人に読んでもらえるのか知恵を絞っています。良い本を作るのは大前提ですが、どうもそれだけではデジタル世代の読者には届きにくい時代になっています。出版活動を顕彰し、出版文化の発展に寄与することを目的とする本賞においては、今後は各出版社のウェブサイトやSNS上における活動も視野に入れる必要があるかもしれません。
■ 新聞社学芸文化賞 選考のことば(読売新聞東京本社 文化部長 植田 滋)
新聞社学芸文化賞は、新聞社や通信社の文化欄・読書欄を担当する記者らが合議し、優れた出版活動を続ける出版社を顕彰するものです。今回で第19回を迎えるに至りました。
ジャーナリストが選考にあたるゆえ、そこには必然的に、「今という時代」を浮き彫りにする出版社に視線が引き寄せられます。その点、選考会議に出席した記者が満場一致で千倉書房を同賞に推したことは、至極自然な成り行きでした。
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千倉書房は1929年創業の出版社とのことですが、近年、政治や国際政治、思想や宗教などに関する骨太な書籍の発行は目覚ましいものがあります。今回の自薦図書には、中華人民共和国の外交政策の決定過程を分析した、牛軍著・真水康樹訳『中国外交政策決定研究』、昨今の情報操作がもたらす混乱と危機を抉り出した土屋大洋・川口貴久共編著『ハックされる民主主義―デジタル社会の選挙干渉リスク』など、現代世界を分析するのにすこぶる有益な本が並んでいます。
なかでも島田裕巳著『日本の宗教と政治―ふたつの「国体」をめぐって』は、まさに「今という時代」と千倉書房の出版活動が見事に重なり合ったと感じさせる1冊でした。選考の行われた2022年秋は、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)を巡る政治と宗教の問題が日本の重要テーマとして浮上し、この問題を考える上で、この書は貴重な示唆を与えてくれる1冊だったからです。旧統一教会に直接焦点を当てているわけではありませんが、日本で戦後、新宗教が拡大してきた基本構造を分かりやすく理解させてくれます。選考会議の出席者の多くが、「よくもまあ、このタイミングでこの本が出てたよね」との思いを共有しました。
そしてもう1冊が、ケネス・盛・マッケルウェイン著『日本国憲法の普遍と特異―その軌跡と定量的考察』。世界の憲法動向を数量的に把握したデータを活用し、日本国憲法がなぜ改正されないのかを分析したこの書は、「日本国憲法をこんな斬新な手法で分析するのか」という驚きを与えました。選考会議の席では、国民がこれから憲法を論じる上での「発火点」になるとの称賛の声も聞かれました。
出版活動の仕込み、とくに学術研究書を世に出す営みは、もとより何年も前から長い時間をかけて進められるものでしょう。そのたゆまぬ作業が「今という時代」に絶妙なタイミングで接合する。しかもど真ん中直球の書籍によって。それを成し遂げた千倉書房に、深い敬意と祝意を申し上げたいと思います。
一方、特別賞のブロンズ新社は、「今という時代」に絵本という形で見事に応答した出版活動が高く評価されました。ロマナ・ロマニーシン、アンドリー・レシヴ作・金原瑞人訳『戦争が町にやってくる』は、ウクライナの絵本作家が、2014年のロシアによるクリミア侵攻を受けて出しました。その邦訳が出たのは、2022年6月25日。同年のロシアによるウクライナ侵略から四か月後というタイミングでした。
花々にあふれた町が、戦争という闇に覆われるけれども、やがて人々が光をだす機械をつくることで闇に打ち勝つ物語です。優しい絵が描く「光の力」からは、この作品を急ぎ出版したブロンズ新社の方々の戦争終結への思いが伝わってきます。これからも時代を鋭敏に感じ取り、良書を作り続けていただきたいと思います。おめでとうございました。
■ 贈呈式動画はこちら
第38回梓会出版文化賞、第19回出版梓会新聞社学芸文化賞(動画)